俳句大学新人賞選評

                   辻村麻乃                     

 

一位 7.涼野海音 春を待つ

 

 どの句も人の暮らしにある景を読みながら、季語の季感がしっかりと生きていてそれぞれの季節の温度が伝わってくる。

 

  春の夜の木箱にしまふ狐面

 

 これは木箱が効いている。春の夜に大切にしまう所作に怪の気配はなく愛らしい狐の面が浮かび上がる。

 

  夜の谷歩きし髪を洗ひけり

 

 都心には案外坂が多く、ビルの間も空気的には谷ともなり得る。都会に泊まって風に吹かれた髪を洗うという仕草は生活であって生活感がない不思議な時を作り出している。

 誰もが十七音を使って季節を詠んでいるのに、この作者が詠むと日常が非日常になる魔法をかけられているようだ。使われている言葉も平易であり、俳句を詠まない者や、それぞれの主義主張のある結社の作家、全てを惹きつけて止まない。

 

 

二位 10.野島正則  タイムマシン

 

 詠まれている対象は俳句を嗜む者の好むものではあるが、単に詠むだけでなく対象一つ一つを丁寧に詠まれている。

 

  土工押す春泥跳ねし猫車

  江ノ電にトンネル幾つ春の風

  一礼を神に返せり登山帽

 

 今ここに居る自分に感謝しながら一句一句を編み出している、大切な対象への発見がある。

 

  葉牡丹やタイムマシンのやうな渦

 

 葉牡丹を見た作者が色々な事を想像したように読み手を引き込んでいく。

これからの作品にも期待したい作家である。

 

 

三位、5.砂山恵子 いのち

 

 毎日を精一杯生きて、そして詠む。そういった理想的な暮らしが句の隅々から感じられた。

 

  たそがれは野良着の匂ひ草青む

  鍵渡す真つ赤な薔薇の花束と

  天瓜粉上の娘の花の上

  ジャム壜のジャムの濁りや晩夏光

  湯豆腐を前に一句を諳んじる

 

 女性ならではの視線であろうか。生活をすることが詠むこと、句として残すこと。そんな幸せな日々が伺える句が多い。

 ジャム壜の濁りは、キッチンで生まれた句かもしれない。そしてどの料理も先輩俳人の句が浮かぶのだろう。

 句は中毒になって、全ての時間を奪う。また確実な評価基準がない中で主張の強い俳人同士の軋轢に悩む日もあるだろう。それでも詠んでしまう、それがいいのだと改めて日常から十七文字への昇華の魅力を確認させられた。

 

 他の作家の句で印象に残ったのは1.牟礼さん(ファの音を)、2.湧雲さん(夏近し、など恋の句がよかった)、4.亜仁子さん(何となく)、6.緒方さん(前半の山羊や馬の句が秀逸)8.土谷さん(ココナツツ)9.桑本さん(肌脱ぎの)、12.瀬川さん(父の日)13.山梨さん(老年の)14.松本さん(階段を)

 以上上五のみ記した。

 皆さんどの方もとても良い句を詠まれていたが、詠んで景が浮かぶもの、日常を詠みながらそれが異世界へと昇華しているものという点から選ばせて頂いた。

 無季の方は今回いなかったが、句作りにはリズムなどの句の形と季語の季感をきっちり出すための研究、現場で見ることなどが挙げられるだろう。

 自身への自戒も含めて、なるべく季語を体験し詠みこんでいく大切さを感じた第2回新人賞候補作品であった。