「俳句スクエア集」2023年 3月号鑑賞 Ⅰ

                   

                         朝吹英和






闇まとひ己を野火と知る少女        石母田星人


 害虫を駆除して新しい生命を育む野火。季語の本意を踏まえつつ如何にも神秘的な雰囲気を纏った少女の姿を浮き彫りにした一句。



留め置かる船長室に破魔矢かな       和久井幹雄


 航海の安全を祈願する破魔矢が船長室に飾られている。大勢の生命を預かる船長の責任は重大であり、破魔矢に込めた祈りの強さを実感する。



朧夜や時の歪みの端に立ち         岩永靜代


 一触即発の危機も孕む昨今の混沌とした国際情勢が「時の歪み」に象徴されていると感じた。先行き不透明で不安定な気分が朧夜によって増幅される。



人のため吹くわけじゃなし春一番      生田亜々子


 春の到来を告げるニュースの中でも「春一番を観測しました」の報道には春のエネルギーの勢いを感知する。人間界の都合などお構いなく吹く春一番が爽快である。



水けむる川を見てゐる遅刻かな       五島高資


 水煙を上げて流れる雪解川の勢いに見とれてしまい、ついつい遅刻してしまった。実感の籠った一句。









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  「俳句スクエア集」2023年  3月号鑑賞 Ⅱ

                   

                         松本龍子




闇まとひ己を野火と知る少女    石母田星人


 一読、「神性」を感じる。<闇>と<野火>の対比。野焼きは草原の命の移り変わりに行い、その灰は草原の再生を促す。ユングは「私たちが認識できる限り、人間存在の唯一の目的は単に生きることの暗闇に火をつけることである」と言ったが、生きるということは一瞬一瞬「生命の火」を燃やし続けることだと、<少女>は気付いたという句意だろうか。<野火>の中に「神」を見るように、それを眺め祈る人の心にも同じように「神」が存在するのかもしれない。



煩悩のひとつ消しゆく風車     朝吹英和


 一読、「静寂の風」を感じる。<風車>は中国から渡来した玩具で、紙やセルロイドなどの羽根車に柄を付け、風の力で回して遊ぶ玩具。<煩悩のひとつ消しゆく>とは何か。<煩悩>とは苦悩を生む元となる物事に対する「執着心」のこと。風車の回る姿を見ていると「執着心」が一つ消えていくようだという句意だろうか。ヨハネ聖福音書第一章のキリストがニコデモに伝えた言葉「風はおのれの望むところに吹く」が聴こえてくるようである。



朧夜や黄泉の国への糸電話     岩永静代


 一読、「霊妙な空気感」を感じる。<朧夜>は大気中の水蒸気が、夜に入って温度が下がると微細な水滴となって空気中を浮遊している状況。<黄泉の国への糸電話>とは何か。『出雲国風土記』の夜見島は太古から死者を葬った島。宇賀郷の条の「なづきの磯」の話には「黄泉の坂」「黄泉の穴」と名付けられている。穴は入口で<黄泉の国>は死体を葬った場所の先にあるらしい。作者は<黄泉の国>とは時間としての他界と空間としての他界が混じり合った<朧夜>だと認識しているのだろう。つまり<朧夜>は<黄泉の国>へ繋ぐ<糸電話>のように心の中に何らかの情緒を喚起させる「触媒」だとふと感じたのではないか。



終われないゲームの果ての春の星  生田亜々子


 一読、「永遠の静寂」を感じる。<春の星>は春は空気中の湿度が高いので星が潤んで見えることが多い。ほのぼのとした色気、暖かさを感じさせる。<終われないゲームの果ての>とは何か。おそらく「民主主義と権威主義」の戦いであるウクライナ侵攻のことだろう。西側諸国には敗北するわけにはいかない戦いになっているために、停戦が難しく全面対決もあり得る状況が近づいている。長期的な視座と帰結を<春の星>が象徴的に表しているのだろう。



縄跳びや夕日のあとに誰か入る   五島高資 

  

 一読、「句案の意外性」を感じる。<縄跳び>は二人で縄の両端を持ち縄を回しながら縄に触れぬように飛んで、縄の弧から抜け出る冬の遊び。<夕日のあとに誰が入る>とは何か。まず背景の<夕日>が入り、次に誰が入るのかと問う句意だろうか。<夕日>という子供視点の鮮やかな「自然」を混入させることで作者自身の「潜在意識」が沁み出し、読む人の「共感性」を増幅している。









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  「俳句スクエア集」2023年  3月号 好句選

                   

                         五島高資




闇まとひ己を野火と知る少女        石母田星人



煩悩のひとつ消しゆく風車         朝吹英和



薔薇の芽や棘は祈りの言葉なる       加藤直克



陽炎やミサイル運ぶ乳母車         松本龍子



セーターを壊して妹の名残かな       菊池宇鷹



鞦韆や天の奈落に届かんか         大津留直



留め置かる船長室に破魔矢かな       和久井幹雄



春月や塾帰りの児ら走りだす        眞矢ひろみ



朧夜や黄泉の国への糸電話         岩永靜代子



雨上がりふわりと包む雛納め        於保淳子






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