「俳句スクエア集」2023年 2月号鑑賞
松本龍子
細胞になだれ込みたる初日かな 石母田星人
一読、「神性」を感じる。<初日>という元日の日の出が<細胞になだれ込む>とは、つまり<細胞>の再生を促すという句意なのだろう。森羅万象の中で中心になる太陽。我々の住んでいる地球は「火」とともに四十六億年前に生まれ、古代から太陽を「神」として暮らしてきた。睡眠研究では毎朝「太陽の光」を浴びることで体内時計の針が自然界の時計に合わせてリセットされる。それによって成長ホルモンとメラトニンの分泌を促し、身体の「修復と再生」に関係しているようである。やはり古代の人間は直観で気付いていたのだ。
土濯ぐ素足の赤さ菠薐草 加藤直克
一読、「瑞々しい色味」を感じる。<菠薐草>は晩秋に種を蒔き、三月頃が旬で花茎が立つ前に収穫する。栄養価が高く美味。<土濯ぐ素足の赤さ>とは何か。泥のついた素足を川の水か水道水で洗い流している情景。<赤さ>を強調するからには肌の白い女性の素足なのだろう。<菠薐草>の根の淡紅色と、女性の素足の赤のアナロジー。意味の重層性により「新鮮なカオス」が生まれている。
一つ二つ狐火灯す旧天領 服部一彦
一読、「霊妙な空気感」を感じる。<狐火>は冬の暗夜、山野に狐が灯すとされる淡紅色の怪火。灯火が点滅しながら横に連なって行進する。見られる時間帯は、薄暮や黄昏時とか天候の変り目に当たる時。出現する場所も川の対岸、山と平野の境目、村境や町外れが多い。謎の発光体。<旧天領>とは何か。江戸幕府の直轄領の俗称。天領とは本来朝廷の直轄領だが、幕府直轄領を天領と呼んでいる。その<旧天領>に一つ二つと灯火が点滅しながら横に動いている句意だろうか。<旧天領>に隠された「幽邃の闇」には<狐火>こそがふさわしい。
ゆがみたる時のカオスへ豆を撒く 干野風来子
一読、「霊妙な空気感」を感じる。<豆を撒く>は節分の夜、神社や寺院、家庭で豆を打って鬼を追い払う行事。節分は中国の習俗で豆は「魔滅」に通じ、無病息災を祈る意味がある。<ゆがみたる時のカオスへ>とは何か。心理的時間は人間の意識の動きで「苦しい状況」であれば「一定の時間」ではない。生理的時間の長短は内部環境の整備によって決定され、「心理的時間の質」によって左右される。つまり作者は孤独な「現代の鬼」に向かって<豆を撒く>ことで「心理的時間の質」を高めているのだろう。
たまゆらに天を支へて霜柱 五島高資
一読、「発想の意外性」を感じる。<霜柱>は冬の寒い夜に、毛細管現象で地上へ上昇した水分が地表で凍るもの。直径三ミリ程度の氷柱が束になって土を押し上げる。<たまゆらに天を支へて>とは何か。ほんのしばらくの間、天を支えるように氷柱が現れたという句意だろうか。<霜柱>の状態を子供の視点で捉えながら<天を支へて>と誇張することで巧みに「構造」を表現している。心地よい「韻律感」を感じるのは<たまゆらに>という古語の「語感」が効いているのだろう。
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「俳句スクエア集」2023年 2月号 好句選
五島高資
細胞になだれ込みたる初日かな 石母田星人
黒猫の瞳に冬の星光る 朝吹英和
流氷の祝祭となるしじまかな 加藤直克
一つ二つ狐火灯す旧天領 服部一彦
松が枝に初日の透くる神の庭 松尾紘子
ゆがみたる時のカオスへ豆を撒く 干野風来子
寒凪や海一塊に果てしなく 眞矢ひろみ
ドナーにはなれぬ臓器を着膨れて 岩永靜代
走る前卵雑炊作りけり 石川順一
寒の葱ざぶざぶ白きひかりかな 石田桃江
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Copyright (C) Takatoshi Gotoh 1998.3.1