「俳句スクエア集」2022年 12月号鑑賞 Ⅰ
朝吹英和
大宇宙に濃淡ありて柚子明り 石母田星人
気が遠くなるような宇宙の起源、光年の彼方で瞬く星の光を見る事は現在に居ながら過去の時空を経験すること・・・などと宇宙の神秘に思いを馳せる時、目にしたものとは何か。「柚子明り」にロマンと詩情を感知する。
冬の虹底に固まるドロップ缶 松本龍子
ドロップ缶から子供のころ良く買ったことのあるサクマ式ドロップスが想起された。各種色とりどりのフルーツ味に混じって薄荷味のものが数個だけ入っていたように思う。歴史あるドロップ缶の製造元が廃業すると聞き、虹の七色とドロップの色彩が交錯した。
着膨れて卵産めさうなる気分 平林佳子
冬の寒さを防ぐため重ね着をした上にオーバーなど着込むと正に体が暖まって気持ちもゆったりする。「着膨れ」から動物的な本能を感じさせる気分への転位が面白い。
木洩れ日に舐められて毒きのこかな 五島高資
樹木の隙間からチラチラ射し込む木漏れ日の擬人化が奏功している。湿り気を好む毒きのこにとって太陽光線は天敵なのかも知れぬ。諧謔味のある一句。
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「俳句スクエア集」2022年 12月号鑑賞 Ⅱ
松本龍子
朴落葉胎蔵界に遊ぶこゑ 石母田星人
一読、「永遠の静寂」を感じる。<朴落葉>はモクレン科の落葉高木ホオノキ。長さ20センチ以上の大きな葉が輪状につくが葉には芳香があり、古くから餅や飯を包んだり、朴葉みそなどに利用された。冬になると乾いて散り、根元に幾重にも積もる。<胎蔵界に遊ぶこゑ>とは何か。仏語の両界の一つで、密教で説く大日如来の理の方面を代表する。大悲胎蔵生ともいい、胎児が母胎の中で成育してゆく力にたとえて、大日如来の菩提心があらゆる生成の可能性を蔵していることを示したもの。<朴落葉>と<胎蔵界に遊ぶこゑ>の取合せから、土に還る音、溜息、声明が聴こえてくる。
着膨れて卵産めそうなる気分 平林佳子
一読、「諧謔味」を感じる。<着膨れて>とは寒さを防ぐため衣服を何枚も重ねて着た状態で、どことなくユーモラス。<卵産めそうなる気分>とは何か。重ね着をした格好を鏡でみると、お腹が膨らんで卵を今にも産みそうな気分になったという句意だろう。俳句の歴史的事実を俯瞰すると、「俳句の本質」は「戯笑性」「対話性」「謎性」にあることが分かる。掲句の類比による放たれた言葉から、作者の内面に漂う「震える時間」が見えてくる。
北窓を塞ぎ深海めく小部屋 昼顔
一読、「静寂の時間」を感じる。<北窓を塞ぎ>は北風を防ぐために北向きの窓を塞ぐこと。 昔の家では北側の窓を閉ざし、板で塞ぎ目貼りをするのが冬支度だった。<深海めく小部屋>とは何か。<深海>は太陽の光が届かない暗黒の世界。太陽光は水深200m程度で海面の0.1%になり、水深1,000m前後では100兆分の1程度の光になる。生物が検知できる「光の限界」のような<小部屋>という句意だろうか。学生時代の冬に新潟の友人宅に泊まった折、二階まで雪に埋れて、まるで部屋の中がこんな雰囲気だったことを想い出した。
もう会えぬ人の話ととろろ汁 生田亜々子
一読、「微妙な香り」を感じる。<ととろ汁>は山地に自生する自然薯や畑で作る長薯、大和芋を卸し擂鉢で擂ったものに出し汁を加えたもの。<もう会えぬ人の話と>とは何か。<もう会えぬ人と>とわざわざ書いているので、既に亡くなった人か何処か生き別れた人なのだろう。俳句の型としては一つの素材を詠んで仕立てた散文に近い型。もう会えぬ人の思い出が次々と湧いてきて、話が止まらない様子と<ととろ汁>の箸で伸ばすと切れ目がない粘り感とのアナロジイ。「意味の重層性」によって新しいカオスが生まれている。
木漏れ日に舐められて毒きのこかな 五島高資
一読、「諧謔味」を感じる。<毒きのこ>は菌類の中でも人に対して有毒成分を持つもの。軽い下痢程度で収まるものもあるが、ドクツルタケのように食すと致命的になるものもある。<木漏れ日に舐められて>とは何か。樹木の枝葉をかいくぐって地上へ射し込む日光に舌の先でなでるように触れられているようだという句意だろうか。実際、きのこは太陽光を吸収すると胞子の温度が上昇し、細胞質を構成するたんぱく質が変質する。また直射日光にさらした時間が多いほど発芽するまで時間がかかるらしい。つまり作者の「詩的直観」が図らずも<毒きのこ>の実相を嗅ぎ取っているのかもしれない。
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「俳句スクエア集」2022年 12月号 好句選
五島高資
朴落葉胎蔵界に遊ぶこゑ 石母田星人
方程式の解不定なり山眠る 朝吹英和
初霜や靴底に星踏みしめて 加藤直克
冬の虹底に固まるドロップ缶 松本龍子
イヤホンの音の婉曲冬の月 昼顔
山茶花や行けども尽きぬ灯のごとく 於保淳子
網の上の魚が冬の夜に崩れ 石川順一
直面のシテに皺みや冬の山 和久井幹雄
もう会えぬ人の話ととろろ汁 生田亜々子
榠樝の実最初に齧る人の顔 菊池宇鷹
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Copyright (C) Takatoshi Gotoh 1998.3.1