「俳句スクエア集」2022年 10月号鑑賞 Ⅰ
朝吹英和
校庭は月光の海夜学果つ 石母田星人
夜学の授業が終わって校庭に出ると満月なのか月の光が満ち溢れていた。勉学に励む夜学生を励ますような月光に神の恩寵を感じる。
茹で卵つるりと剥ける秋の暮 松本龍子
茹で卵の殻を冷水に浸しながら剥くには一寸したコツがある。卵を傷付けずにつるりと剥けた時は気持ちが良いもの。「秋の暮」の季語が動くかも知れぬが、哀感を感じる秋の暮なればこそ、上手に卵が剥けた事を吉兆と思いたい。
爽籟や観音開きの土蔵カフエ 平林佳子
観音開きの土蔵とは歴史を感じさせる。由緒ある土蔵だったものをカフェに改造したのかも知れない。爽やかな秋の風と観音開きの解放感がマッチした。
女王の逝くとき秋の虹二重 干野風来子
エリザベス女王陛下の逝去の報道の直前にバッキンガム宮殿上空に二重虹が出現した。報道でその映像に接したが、女王陛下が天国に渡るための架け橋のように思えて感動的であった。
折紙のペガサスになる稲光 五島高資
稲光のエネルギーによって折紙が天空を飛翔するペガサスに変身したという幻想的かつ気宇壮大なスケール感のある一句。ギリシャ神話に登場するペガサスは霊感の象徴とされていると聞く。稲光とペガサスの取り合わせの妙に得心した。
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「俳句スクエア集」2022年 10月号鑑賞 Ⅱ
松本龍子
校庭は月光の海夜学果つ 石母田星人
一読、「詩情」を感じる。<夜学果つ>とはさまざまな年代や職業の人が夕刻から一つ灯に集まって学ぶ、定時制の高校・大学で授業が終わる時刻。<校庭は月光の海>とは何か。授業が終了して窓の外を眺めると月光が銀色に透きとおり校庭が海のように蒼く漣を打っているように幻想したという句意だろうか。作者が漆黒の海の中で、学友と一緒に「海月」と一体化して浮いているシーンが見えてくる。
地に満つる怒りの葡萄ウクライナ 加藤直克
一読、「魂の叫び」を感じる。<地に満つる怒りの葡萄>とは何か。<怒りの葡萄>は「詩語」を隠喩している。ジョン・スタインベックは小作農民の苦難を描いた『怒りの葡萄』を発表したが、題名はリパブリック讃歌の一節「彼は怒りの葡萄」を引用している。毎日メディアから同調した「代理戦争」ニュースが流れる中で、「胸苦しさ」が続く。「権威主義」の本性を剝き出しにするプーチンに対して、何処からか「ウクライナは滅びず」の国歌が聴こえてくるようである。
遠くより警護の車列大夏野 和久井幹雄
一読、「モチーフの異化」を感じる。<大夏野>は夏草の生い茂る野原。風が渡ると青々と生い茂った草が、大海原のように見える。<遠くより警護の車列>とは何か。先日の「国葬の警備」の記憶のようでもあり、「サミットの要人警護」にも感じられるし、「大統領の警備」の様子にも感じる。取り合わされたのは、高層ビルに囲まれた「コンクリートジャングル」ではなく、意外にも<大夏野>。激しいエネルギーの空気感の中に、30台以上の物々しい<警備の車列>と空にはヘリコプターの音が続いてゆく。現実と虚構が錯綜する「現代の日常」。作者は<大夏野>の中に黒い「バッフアローの群れ」を幻視しているのかもしれない。
行列に踵を返す赤蜻蛉 生田亜々子
一読、「静寂の時間」を感じる。<赤蜻蛉>はアキアカネが正式名称で、幼虫は水田に棲む。初夏に成虫となって標高の高い山地で生活をした後、平地が涼しくなる十月頃に山地から平地に移動して産卵する。<行列に踵を返す>とは何か。珍しいイベントや評判のおいしいお店には行列が出来るが、掲句の場合は<赤蜻蛉>が行列に気付いて、突然「ふわっ」とUターンをして方向を変えた一瞬という句意だろうか。風に乗って、どこからともなくひらひらと顔の近くに漂ってはふっと消える<赤蜻蛉>。遊び疲れた後、見上げるとふるさとの鮮やかな「夕焼け」が浮かんでくる。
回りつつ回るを知らず虫の闇 五島高資
一読、「永遠の静寂」を感じる。<虫の闇>は暗闇に虫の声だけ聞こえ、闇がいっそう暗く感じること。<回りつつ回ると知らず>とは何か。太陽系は円盤の中心から6万光年離れたところにあって、秒速300㎞のスピードで銀河系の中心の周りを2億5000万年かけて回っている。ゆっくりした自転のために作者も虫も回っていることに気付かないという句意だろうか。つまり我々人間は「太陽と月」の運行を拝み、<虫の闇>に耳を澄ましながら、「森の闇」に還る存在なのだろう。
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「俳句スクエア集」2022年 10月号 好句選
五島高資
校庭は月光の海夜学果つ 石母田星人
勝負師と詐欺師の狭間きりぎりす 朝吹英和
茹で卵つるりと剥ける秋の暮 松本龍子
日めくりの野に散らばりて虫時雨 加藤直克
女王の逝くとき秋の虹二重 干野風来子
お喋りの一人欠けたる九月かな 十河智
中庭は月を頂き呼吸して 児玉硝子
行列に踵を返す赤蜻蛉 生田亜々子
万緑や卒寿の祖父の足早し 眞島裕樹
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Copyright (C) Takatoshi Gotoh 1998.3.1