　　「俳句スクエア集」2022年 9月号鑑賞 Ⅰ

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　朝吹英和

流螢は罅か真闇を割らむとす　　　　　　　　石母田星人

　闇夜に飛ぶ螢の光は美しくも儚いものだが、掲句では漆黒の闇を割ろうとするエネルギーを詠っている。流螢に宿る魂の存在が感知された。

蜉蝣が鬼の心音聴いてゐる　　　　　　　　　松本龍子

　鬼の心音という不気味な響きに耳を傾ける弱弱しい蜉蝣との対比が開く時空に詩情を感じる。

髪洗ふ星の揺らぎに抱かれゐて　　　　　　　平林佳子

　汗を掻いた夏の洗髪は気持ちが良いもの。遥か彼方の星の瞬きに包まれて一日の疲れをさっぱりと洗い流す至福の時。

靴紐の蝶に結べぬ暑さかな　　　　　　　　　和久井幹雄

　何をするにも集中力を欠く夏の暑さ。普段は何ともない靴紐の蝶結びが捗らない苛立ちから凄まじい猛暑が実感される。

硝子戸に地球儀傾ぐ原爆忌　　　　　　　　　五島　高資

　原爆投下による多数の無辜の市民の犠牲者。８０年近く経過しても核兵器の拡散に歯止めが全く掛からない。硝子戸に映った地球儀の傾ぎが危機的な事態の深刻さを物語る。

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　　「俳句スクエア集」2022年 9月号鑑賞 Ⅱ

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　松本龍子

硯洗へば混沌の宙透きとほる　　　　石母田星人

　一読、「永遠の静寂」を感じる。＜硯洗へば＞は七夕の前後、ふだん使う硯や机を洗い清めること。手跡の上達を祈る行事。＜混沌の宙透きとほる＞とは何か。天地万物が形成される以前の原初の状態になって、その向こう側にあるものが見えるという句意だろうか。＜硯洗へば＞見えたり、聴こえたりすることから隠れている「根源的な動性」が可視化されるということなのかもしれない。

舟を待つ人影ばかり天の川　　　　　服部一彦

　一読、「霊妙な空気感」を感じる。＜天の川＞は初秋の澄み渡った夜空に帯状に横たわる無数の星。川に似ているので、「銀河」「銀漢」ともいう。七夕伝説の織姫と彦星を隔てる川で、二人は年に一度、旧暦七月七日の夜にこの川を渡って逢うことをゆるされる。＜舟を待つ人影ばかり＞とは何か。これについては色んな解釈が可能だろう。現状の「ウクライナ戦争」を考えると暗澹たる気持ちになる。作者の人生に寄せれば、関わりのあった人の「記憶の俤」、「浄土への旅」を象徴しているのかもしれない。

靴紐の蝶に結べぬ暑さかな　　　　　和久井幹雄

　一読、「発想の新鮮さ」を感じる。＜暑さ＞は北太平洋高気圧から吹き出す風が高温と湿気をももたらし、日本列島の夏季はたびたび耐え難い蒸し暑さに見舞われる。＜靴紐の蝶に結べぬ＞とは何か。靴紐が蝶の羽のような形にならないほど、うだるような「蒸し暑さ」だという句意だろうか。作者の「心情」を巧みに季語＜暑さ＞に託すことで、気怠く垂れた＜靴紐＞が見えてくる。

蝉しぐれ猫の目蓋も閉じかけて　　　於保淳子

　一読、「いのちの叫び」を感じる。＜蝉しぐれ＞は夏、樹木などにへばりついてやかましく鳴声を立てる虫。多くの蝉がいっせいに鳴く騒がしさを時雨にたとえて蝉時雨という。＜猫の目蓋も閉じかけて＞とは繰り返す単純な蝉の鳴き声に眠気を催して、目蓋を閉じかけている猫という句意だろうか。一句に「封じられた時間」と猫の目蓋が閉じようとする時間が重なり、「今ここ」のじりじりした「夏の暑さ」が浮き上がってくる。

硝子戸に地球儀傾ぐ原爆忌　　　　　五島高資

　一読、「魂の祈り」が聴こえる。＜原爆忌＞は昭和二十年八月六日に広島、九日に長崎に原子爆弾が投下された日。＜硝子戸に地球儀傾ぐ＞とは何か。＜地球儀＞が傾いて＜硝子戸＞にもたれかかっているというシュールさが、核戦争の瀬戸際とも言われる現状の「ウクライナ戦争」を象徴的に表しているように思える。月光に照らされた原爆ドームがまるで＜地球儀＞のように幻視されてくる。

　　「俳句スクエア集」2022年 9月号好句選

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　五島高資

流螢は罅か真闇を割らむとす　　　　　石母田星人

校門に朝の挨拶涼新た　　　　　朝吹英和

蜉蝣が鬼の心音聴いてゐる　　　　　松本龍子

脳みその片隅に咲く花カンナ　　　　　加藤直克

星屑を拾う父子に祭果て　　　　　服部一彦

篁を抜けてひろごる蟬しぐれ　　　　　干野風来子

乗鉄とふ孫に付き合ふ秋夕焼　　　　　十河智

髪洗ふ星の揺らぎに抱かれゐて　　　　　平林佳子

靴紐の蝶に結べぬ暑さかな　　　　　和久井幹雄

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