「俳句スクエア集」2022年 8月号鑑賞 Ⅰ

                   

                         朝吹英和





円空の鑿音に似て遠花火           石母田星人



 僧侶であり仏師でもあった円空が修行のひとつとして取り組み制作した仏像は10万体を超えると聞く。実体は見えず音だけが聞こえて来る遠花火から弛みなく響いて来る円空の鑿音への時空転位が見事である。




カンナ咲くこころのなかに陽を入れて     松本龍子


 夏から秋にかけて咲くカンナの花は赤の他に黄、橙、白など様々である。緊迫する国際情勢、収束の見通しが立たない新型コロナ感染など内憂外患の世情の中で咲くカンナの花に接した作者の気持ちがストレートに伝わって来る。




大川は着流しがよし郁乎の忌         和久井幹雄


 詩人で俳人の加藤郁乎は江戸の風流や粋を愛した。江戸時代の風流に思いを馳せる時、隅田川沿いの遊歩道を散策するには袴を穿かない庶民的な着流しが相応しく心身共にリラックスするのであろう。忌日俳句もまた時空転位を齎す原動力のひとつである。




篁を抜けてひろごる蟬しぐれ         干野風来子


 竹藪を抜け出て視野が一気に広がった時の解放感。折からの蟬時雨には地下生活の長さに比べて極端に短い地上世界での生を謳歌する生命の輝きが実感される。




ふるさとは記憶の果ての遠花火        生田亜々子


 桜と並んで花火も「さまざまなことを思い出す」喚起力の強い季語である。ふるさとで遊んだ懐かしい日々の思い出が遠花火の音で蘇った。




炎天やポストに迫る草の丈          五島高資


 炎天にもめげない夏草の成長は目を瞠るものがある。夏の日差しを浴びたポストの赤と、夏草の緑との鮮明な対比も掲句に漲る夏の精気を象徴している。






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  「俳句スクエア集」2022年  8月号鑑賞 Ⅱ

                   

                         松本龍子




円空の鑿音に似て遠花火     石母田星人


 一読、「永遠の静寂」を感じる。<遠花火>とは遠くに見る花火のこと。開いたあと、音は遅れて届くほど離れている。その音にもう一つの魅力がある。<円空の鑿音に似て>とは何か。円空は呪文を唱えながら、木の中の樹霊を鑿で大胆に彫り上げた。つまり実像(遠花火)と虚像(鑿の音)が照応することで「震える時間」が生まれている。それは単なる「時間」ではなく、円空が木の中に「仏の姿」を見るように、夜の闇の中に作者は「無限の夢」や「俤」を見ているのだろう。




夢多き少女の瞳飛魚飛ぶ     朝吹英和


 一読、「詩情」を感じる。<飛魚飛ぶ>はトビウオ科の硬骨魚。体の色は青く美しい。胸びれが長く、それを翼のように振って海面を滑空する。群れをなし、陽を受けて翔ぶさまは壮観である。<夢多き少女の瞳>とは何か。男の私には少女の夢は知る由もないが、若さゆえに「美しい夢」を見る想像力を持った心だということは分かる。目に見えない対象の本質(澄んだ心)を<飛魚飛ぶ>と表現したのだろう。父親に背負われて<夢多き瞳>を光らせながら翅を広げる少女が見えてくる。




ミサイルをどこ吹く風と河鹿鳴く     加藤直克


 一読、「諦観と諧謔味」を感じる。<河鹿鳴く>は清流に美しい声で鳴く蛙の一種。古く「かはづ」と呼ばれたのはこの河鹿のこと。渓流、森林などに生息する。夏に繁殖期を迎え、雄はさかんに鳴いて雌を呼ぶ。<ミサイルをどこ吹く風と>とは何か。おそらく「ウクライナ侵攻」の様子を描いているのだろう。上空を飛び交うミサイルに対して、全く関心がないように、<河鹿>が悲しげに鳴いているという句意だろうか。「日常と非日常」が隣接する人間世界の深淵。同じ過ちを繰り返す人間に、浄化される日はいつか来るのだろうか。




鎖骨へと透とほる汗つつつつつ     平林佳子


 一読、「生命感と季節感」を感じる。俳句の詩は、散文と違って意味だけを伝えるものではない。「音の響き」とか「イメージ」などで言葉を伝えていく。<汗つつつつつ>とは皮膚の汗腺から出る分泌物。暑さで汗の粒になり、首筋から皮膚を濡らす。オノマトペの平仮名表記の効果を使って対象の「連続性」を描写している。<鎖骨へと透きとほる>とは何か。首筋から鎖骨に汗が透き通って走るという句意だろうか。<汗>の滑らかに動く瞬間を「平明な音」で軽やかに捉えている。




片陰を出て人間となりにけり     五島高資

   

 一読、「季感と見えない力」を感じる。<片陰を出て>とは夏の午後の日差しが建物や塀などに影をつくる。その日陰を出てゆくということ。<人間になりにけり>とは何か。おそらく<片陰>に居る間に、作者の「命」に魂が入ってきてやっと元の<人間>に戻ったという句意だろうか。『万葉集』の「命」の枕詞は「たまきはる」。意味は魂が来て入ってしまい、それで膨らむ。当時はそれが「命」という認識だった。つまり作者も<片陰>で魂が入り込んで「生き返った」ように感じたということなのだろう。






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  「俳句スクエア集」2022年  8月号 好句選

                   

                         五島高資




円空の鑿音に似て遠花火     石母田星人



夕立風森を抜け来る魔笛かなよ     朝吹英和


 

カンナ咲くこころのなかに陽を入れて     松本龍子



片かげり薬手帳を拾ひけり     眞矢ひろみ



紫陽花の毬の後ろは真暗闇     服部一彦



篁を抜けてひろごる蟬しぐれ     干野風来子



水馬の空を泳ぐや鏡池     眞島裕樹






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