「俳句スクエア集」2022年 4月号鑑賞 Ⅰ
朝吹英和
雲雀野や神の気配の残りゐし 石母田星人
賑やかな雲雀の鳴き声は生命感溢れる春の野原に相応しい。勢い良く舞い上がり、再び急降下する雲雀によって広壮な時空が表現され、恰も降臨した神の気配が残像の如く感知された。雲雀野を背景としつつも姿の見えない神の存在を暗示することによって季語が立ち上がって来る。
春濤や戻らぬ人の墓光る 加藤直克
東日本大震災の巨大津波による犠牲者の墓であろうか。逞しい春のエネルギーを象徴するが如き寄せては返す春の海のダイナミックな律動と、陽光を浴びて光る墓標、動と静、生と死の対比の中に鎮魂の思いが深まる。
歩み寄りの一歩の踏めずうす氷 和久井幹雄
上五中七の措辞から進捗の不透明なウクライナとロシアの停戦交渉が想起された。そうした現在の国際情勢を別にしても日常で経験する「和解のために歩み寄る一歩」が踏み出せないもどかしさと薄氷とのバランスが絶妙である。
海は春ロックと波とベビーカー 於保淳子
「海」と「ベビーカー」の取り合わせから橋本多佳子の名句「乳母車夏の怒濤によこむきに」が想起された。多佳子句の不安気な世界とは対照的に乗りの良いロックと波のリフレインによる聴覚の刺激が陽気な春の海にマッチしており、ベビーカーの赤ちゃんも機嫌が良さそうである。
さかのぼるものもありけり雪の果 五島高資
上五中七の措辞から先ずは産卵のために川を遡上する鮎などの姿が思い浮かんだが、主役である「雪の果」から、長い冬が終わり春の到来が実感される頃の気分と、鮎に限らず何か目標に向かって只管進むもののエネルギーとがマッチしている。
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「俳句スクエア集」2022年 4月号鑑賞 Ⅱ
松本龍子
亀鳴くや磁針ふるへて北を指す 石母田星人
一読、「発想の意外性」を感じる。<亀鳴く>は春ののどかな昼、あるいは朧の夜に亀の鳴く声が聞こえるような気がするという季語。<磁針ふるへて北を指す>とは何か。磁界の方向を指し示す針状の磁石が、中央に支点を置いて水平に上下に震えるように回転しながら、北を指しているという句意。亀の首の動きの中にアナロジーを発見することで、亀の声以前の「感情」「振動」のような新しい「カオス」が生まれている。
電線のたわみ春月重く出て 眞矢ひろみ
一読、「モチーフの意外性」を感じる。<電線のたわみ>とは何か。電線と鉄塔の場合、電線をまっすぐ張ろうとすると、引っ張る大きな力が必要になる。その分、鉄塔に大きな負荷がかかるが、電線を垂れ下げることでその負荷を減らしているらしい。<春月重く出て>は空気中の水分が増す春は、月が潤んだ感じに重く電線を超えて出てくるという句意だろうか。<電線のたわみ>と<春月>のアナロジーを発見することで微妙な「混沌」が生じている
軽口を天に預けて紫木蓮 於保淳子
一読、「用語の新鮮さ」を感じる。<紫木蓮>はモクレン科の落葉高木。春、葉に先立って外側が紫、内側が白色の花をつける。<軽口を天に預けて>とは何か。軽妙なジョークを天に向かってしゃべるように咲いている<紫木蓮>という句意だろうか。日常言語(俗)と詩的言語(雅)のアナロジーの発見。<紫木蓮>の咲く形に、<軽口>が取り合わすことで思わぬ「滑稽の容」に詩的昇華されて、「華やかな」香りと「可笑しみ」が匂い立っている。
太陽と人のあわいに蝶の夢 阪野基道
一読、「荘子の混沌」を感じる。<太陽と人のあわいに>とは何か。言葉のままに解釈をすれば、<太陽と人>の間に「白いスクリーン」が見えてくる。<蝶の夢>とは何か。「胡蝶の夢」は人間の一生は「大きな夢」のようなものであるということ。つまり人間は「白いスクリーン」に夢という、もう一つの「別の生」を想い描いて生きていくのだという句意。<太陽>は永遠、<人>の一生は短く、<蝶の夢>は一瞬なのだろう。
沫雪になほあらたなる焦土かな 五島高資
一読、深い「諦観」を感じる。<沫雪>は春に降っては、たちまち消える雪。<なほあらたなる焦土かな>とは何か。地面に落ちたらすぐ溶ける軽い雪片に、今までなかった「焼け野原」がはっきり見えてきたという句意。掲出句には空爆を受けた対象は書いていないが、目に浮かぶのは無数の雪と闇に石棺のように立つマンションやビルの瓦礫である。「絶望と希望」「日常と非日常」が隣接する人間世界の深淵。同じ過ちを繰り返す人間に、浄化される日は来るのだろうか。
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Copyright (C) Takatoshi Gotoh 1998.3.1