「俳句スクエア集」2020年 10月号鑑賞 Ⅰ

                   

                         朝吹英和



月光や波の余韻は闇となる           大津留 直


 月光に照らされた海辺が目に浮かぶ。リフレインを繰り返す波の余韻がやがて減衰して闇の中に吸い込まれてゆくと感じたのは物思いに耽っていたからであろうか。波音を消し込む程の闇の深さが実感される。



七夕や今年は会はぬ決意して          十河 智


 七夕の打ち出しで織姫と彦星の伝説が想起される。読み手には中七下五の決意表明に籠められた物語をあれこれと自由に想像する楽しみがある。



秋扇待合室の声静か              於保淳子


 夏の盛りには頻りに使用されていた扇が所在なげに置かれている。平時においては賑わいを見せる病院の待合室もコロナ禍の最中では声を潜めた会話が時折聞こえるのみで静寂が支配している。



陽の束のあはひ色無き風の吹く         加藤直克


 「陽の束」の措辞から何処か弱弱しくまた寂しさも内包しているように感じられる秋の陽射しが感知される。その陽射しの中を吹き抜ける秋の風。「秋風」・「素風」・「金風」と同義語の「色無き風」の選択が掲句の気分に相応しい。



竹林や銀河の端に風を結ふ           五島高資

 

 竹林を渡る風に吹かれて夜空を見上げる。悠久の時間の流れと果てしない銀河の中に我も存在しているという宇宙との合一感が「風を結ふ」に籠められている。





******************************************************************************************************************************************************************************************************************************

 


  「俳句スクエア集」2020年 10月号鑑賞 Ⅱ

                   

                         松本龍子



銀河濃し千手仏より千のこゑ         石母田星人


 一読、「祈り」を感じる。<千手仏より千のこゑ>とは何か。仏教の祈りの言葉が発展した讃美歌のような<こゑ>が声明である。その声明に夜空の大河のような星が感応・交換して濃く瞬いているという句意。我々は<銀河>系の中で生まれ、一瞬の生という輝きを放って、やがて<銀河>系に還っていく。生まれる以前の景色、未来の情景は「祈り」そして「歌うこと」で夜空の中にくっきりと見えてくるのだろう。



ひらひらと魂返る風の盆           眞矢ひろみ


 一読、「再生の祈り」を感じる。<風の盆>とは9月1日から3日間、富山県八尾市の盆踊りの行事。この時期が台風時期とも重なることから「風を鎮める」ことを祈る踊りと言われている。また歴史的に一向宗の踊念仏の場所であることと、浄土真宗のさかんな場所柄、成仏したはずの祖霊が戻るということを擬装するために、意識的に八朔の時期にずらした盆踊りだという。<風の盆>に呼応して、自然に近い擬音<ひらひらと>で答える様子<魂返る>が見えるようである。


 

秋暑し瞳の奥の校舎かな           於保淳子


 一読、「浮立」を感じる。立秋後の暑い日に、瞳の奥に小学校の校舎が見えてきたという句意だろうか。<校舎>の背後から作者の「心の動き」、人生にとって大切な「一瞬」が見えてくる。身体性、実感を伴った「打ち明け話」は作者の想いと言葉が一致することで読者の心を動かす。夏休みの補講、クラブの練習、花壇への水遣りを昨日のことのように思い出す。表現者としての「感性の核」はやはりこの頃に芽生えているのだろう。


   

邯鄲の黄泉より帰り来たるらし       加藤直克


 一読、「時空の解放」を感じる。<邯鄲>は体長1.5センチの黄緑色の虫で夜昼なく草むらで「ルルル」と儚げに鳴く。この声がまるで<黄泉から帰り来たるらし>と聴こえたという句意。<黄泉>とは死体を葬った場所の先にあると考えられているが、『出雲国風土記』には岩穴を黄泉の坂、黄泉の穴と名づけられている。外光が射し込んで、岩穴の中は黄色に満たされることから<黄泉>となったらしい。作者は亡くなった死者の声を闇の中で確かに聴いているのだろう。闇を揺らすエネルギーとしての<邯鄲>の声。自分の潜在意識の中に宿る声に気付いたということなのだろう。



追いかけて土手に濡れたり秋の虹     五島高資

       

 一読、「朦朧性」を感じる。秋の消えやすい虹を追いかけて、躓いて土手の草に濡れてしまったという句意。響き渡る雷鳴の中で、雨が降り注ぎ、森を潤し、川となって海に注ぎ、山に<秋の虹>をかける。人もまた生まれ落ちて成長し、<秋の虹>を追いかけて<土手に濡れたり>しながら成長して、徐々に衰弱して天へと昇華していく。「水の循環」と「生命の循環」の対応の中に起こる「感動」に感謝する作者が見えてくる。




******************************************************************************************************************************************************************************************************************************

        


               「俳句スクエア」トップページ


             Copyright (C) Takatoshi Gotoh 1998.3.1