「俳句スクエア集」2020年 7月号鑑賞 Ⅰ

                   

                         朝吹英和



 優曇華や沖に傾ぐは未来都市        石母田星人

 

 草カゲロウの卵は吉兆とも、また反対に凶兆とも言われている。世界的に蔓延しているコロナ禍や、常態化している異常気象に苛まれている現在において、優曇華から未来都市の傾きが遠望された心象風景に潜む凶兆に実在感がある。



せせらぎの音に切れあり夏立ちぬ      真矢ひろみ


 浅瀬を流れる水音の切れに長閑な春から精気に満ちた夏に向かってクレッシェンドする自然の躍動感が感じられる。



黒南風を受けて再び水牛車         毬月


 水牛車に乗っての周遊は沖縄観光の定番である。掲句に接して、干潮時に西表島から沖合の由布島に浅瀬の海を渡る水牛車が想起された。足どりが重く止まってしまった水牛車が黒南風を追い風として再び動き出したのであろう。映像鮮明な一句である。



ブラウザの体系変えて夜涼し        石川順一

 

 ウェブブラウザの更新によってパソコンやスマホの機能が向上して使い勝手が良くなった気分を「夜涼し」が担保している。現代感覚溢れる一句である。



褥瘡の奥に骨あり梅雨の雷         五島高資


 褥瘡の経験はないが、血流が悪くなったり滞ることで出来る爛れや傷の不快感は想像に難くない。所謂「床ずれ」の奥には骨がある事は自明であるが、普段は余り自覚していない骨の存在を「梅雨の雷」によって気付かされたのかも知れぬ。






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  「俳句スクエア集」2020年 7月号鑑賞 Ⅱ

                   

                         松本龍子



優曇華や沖に傾ぐは未来都市         石母田星人


 一読、コロナの「ロックダウン」が浮かぶ。<優曇華>は草木の枝や天井、壁、柱などについた草蜉蝣の卵で、

約一センチ半の白い糸状の先端に丸い玉が付いたもの。三千年に一度開花するという架空の植物のことで、

「コロナの凶兆」を象徴している。沖で傾いている<未来都市>は武漢・ニューヨーク・東京・ロンドンなどの

「大都市封鎖」をイメージさせる。やはり人口の都市集中による文明化・グローバル化は新ウィルスを呼び起こ

すのだろうか。



朝凪の波はベッドの母の脈           加藤直克


 一読、静寂な嗚咽が聞こえてくる。<朝凪の波>は海岸地方で夏の朝の無風状態の波のこと。<ベッドの母の脈>は

付き添ってきた母の脈が朝凪のように動かなくなったという句意。季語<朝凪>は単なる歳時記からの転用ではなく、

作者自身の実感・体験としての「浮立」に使用されることで、「空間と時間」のイメージ生成に成功している。



葉脈を運河と思ふ蝸牛             大津留直


 一読、俳諧味を感じる。上五、中七と下五で視点の転換が垣間見える。作者は上から<蝸牛>を眺めていたが、その後

<蝸牛>の視線を移すことで<葉脈を運河と思ふ>のである。葉脈を這う<蝸牛>と同化することで、自我を消して読者も

同じイメージを追従するようになる。作者の<蝸牛>への思い入れを感じると同時に、「時間と空間」のイメージ生成に成功

している。


   

山狭の河鹿笛聴く日暮れ宿          松尾紘子


 一読、静寂の中に声が響く。山と山が迫っている狭い谷間で、河鹿の澄んだ声を夕暮れの宿で聴いているという句意。

河鹿といえば故郷の加茂川の夕景を思い出す。子供の頃、母が川遊びが好きで仕方なくついていったが、水質が抜群

で帰り際にいつも<河鹿笛>が聴こえてきた。今から振り返るとかけがえのない夕陽(空間)と<河鹿笛>(時間)だった

ことが分かる。作者は人里離れた宿で<河鹿笛>に鋭敏に聴きいっており、その思いが掲句全体の響きに現れている。



声よりも電波の届く額の花           五島高資

       

 一読、意外性のある句。<額の花>は中心部に小さな花が粒々と密集してその外側に四片の装飾花をまばらにつける

額紫陽花の別名。<声よりも電波の届く>とは何か。おそらく、作者は<額の花>のパラボラアンテナのような形状に

目を留めて、テレビ放送などの電波が届くと誇張しているのだろう。技術的には「見立て」になるのだろうが、機知的な

発想の切れ味が巧みである。





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