「俳句スクエア集」2020年 3月号鑑賞

                   

                         朝吹英和



  末黒野のベテルギウスの暗さかな      石母田星人


  オリオン座の1等星であるベテルギウスの光度が昨年秋から減光して遂には2等星に陥落したと聞く。いずれは爆発するのではとの見方もあるが、野焼き後の深い闇夜で仰ぐベテルギウスへの思いが読み手に伝わる。季語の斡旋が見事。



  嵩上げの傷跡にある蕨かな         松本龍子


 堤防や土手の嵩上げの光景であろうか。春の訪れを象徴する蕨が萌え出る場所を「傷跡」と表現した所に再生への思いが込められている。



  春の雪水面に触れて歌ひ初む        大津留直


 春の淡雪であろうか、水面に触れて消えながらもそこに歌が誕生したという清爽な抒情の発露に得心する。



  春の昼チェロの響きはいずこから      小澤ほのか


 伸びやかで温かみの感じられるチェロの響きが何処からともなく聴こえて来たという春の昼らしい長閑な情景が目に浮かぶ。



  龍天に登りし松の馨りかな         五島高資


 春分の頃の穏やかな気分に松の馨りは相応しい。作者の句集『雷光』にも同じ季語の作品が収録されている。龍天に登る月夜の蘇鉄かな 高資




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  「俳句スクエア集」2020年 3月号鑑賞

                   

                         松本龍子



    金星のかたへに尖る木菟の耳  石母田星人


 一読、「声」が聞こえてくる。<木菟>とは森林に住み、夜になるとボウボウと鳴く。<かたへ>という言葉は古語。片方、片側、一部分という意味。<金星>は明け方と夕方のみ肉眼で観測できる。だとするとこの設定は夕方の方が写実的だが私としては明け方のニュアンスが好みである。鳴き疲れた<木菟の耳>が太陽の光とともに浮き上がって見えてくる。 



  春の虹立って余白の多い町    生田亜々子


 一読、帰還困難区域の町を思い浮かべる。原発事故は何をもたらしたか。<春の虹>という、春半ばを過ぎて見られる虹は9年経った今も「希望」を約束するような状況にはない。追われるように家を離れ「余白」の存在になった、何十万の人々の恐怖と怒りと絶望。日本は一地方の「町の災厄」として終わらせるのだろうか。



  猫の眼の細き隙より入彼岸    加藤直克


 一読、不思議な「暖かさ」を感じる。<入彼岸>は三月十八日から二十四日までの七日間で季節も温和になる。先祖の墓参りをする頃。中七の<細き隙より>はなかなかの発見だ。何気ない眼を細める猫の表情に「春の季節」を感じとっているのだろう。



  戯れの薄氷踏むや缶珈琲     松尾紘子


 一読、「春の音」を感じる。取り合わせの典型的な型で作られた俳句。<戯れの薄氷踏む>と<缶珈琲>を切字「や」で切ることによって、それぞれの存在が明確になり空間が見えてくる。<薄氷>という早春の季語にある「春の気配」と「温かさ」が<缶珈琲>が詩的に交感している。軽いポップな感覚が良い。



  龍天に登りし松の馨りかな    五島高資


 一読、「祈り」を感じる。<松も馨り>とは何だろう。<龍天に登りし>は春の精気に乗じて龍が昇天するという中国的幻想のこと。だとするとこの<松>は岩手県陸前高田松原跡地に立つ、松の木のモニュメントだろうか。実際は枯れ死したらしいが、作者には此の世に確かに存在する「過去の痕跡」として<松>の命を感じたということなのだろう。淡いメッセージが胸を打つ




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