「俳句スクエア集」2020年 2月号鑑賞

                   

                         朝吹英和



  夢を見るリルケの使徒や冬薔薇       大津留直


 リルケの使徒の夢見というロマンティックな世界には冬の薔薇がマッチしているように感じられるが、薔薇の棘が刺さった傷が原因で白血病を発症して亡くなったリルケの墓碑銘には「薔薇よ おお 純粋な矛盾・・・」と刻印されているという。



  野火といふ煙に咽る夜の星         松本龍子


 「夜の星」の措辞から私には宮澤賢治の『よだかの星』が思い浮かんだ。容姿の醜さから鳥の仲間からも、救いを求めた太陽や星からも拒絶されて体を燃やして星に転生したヨタカ。害虫を駆除して新しい生命を育む為の野火との対比に寓意を感じた。



  歩みゆく身に追いすがる梅月夜       加藤直克


 春先の花とは言え、未だ余寒の頃の月夜に開く梅には何処か怪しげな雰囲気が漂っているように感じられる。上五中七の措辞が左様な切迫した心象風景を描写している。



  土塊(つちくれ)の渇き切つては寒明くる   松尾紘子


 寒中の太平洋側の地域では晴天が続き空気が乾燥する事が多い。暦の上では寒明けにはなったものの春の到来は未だ先である事が中七の「渇き切つては」の擬人法によって表現されている。



  凍りつつ剣を佩ける瀑布かな        五島高資


 袋田の滝(茨城県)、善五郎の滝(長野県)、平湯大滝(岐阜県)などでは見事な氷瀑を見る事が出来る。水の勢いを封じこめた寒気の鋭さが帯刀の措辞によって表現された。




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  「俳句スクエア集」2020年 2月号鑑賞

                   

                         松本龍子



    にわたづみの水面歪んで時雨かな    生田亜々子


 一読、雨音を感じる。<にわたづみ>とは庭の溜り水のこと。その水面が歪んで雨が降ってきたという句意。初冬のころ、降ってはすぐあがる<時雨>を凝視している作者がいる。古語を巧みに活かすことで溜り水に焦点を当て、「時間と空間の拡大」に成功している。



  過ぎゆかぬ時を遊びてうさぎ逝く    加藤直克


 一読、「哀惜と祈り」を感じる。私も子供の頃から犬、猿、兎、猫、九官鳥などのペットと一緒に生活をしてきた。家族ともいえるペットの死は涙が溢れるほど辛いものだ。作者も言葉による会話はないが<うさぎ>との「触覚による時間」を交換してきたのだろう。<うさぎ>も作者も死を含んだ「生の時」を生きていることに気付いているに違いない。



  屈葬の眠り寛に寒卵          服部一彦


 一読、意外性がある。<寒卵>は寒中に産んだ鶏卵のこと。<屈葬>は埋葬する際に故人の手足を折り曲げた姿勢で埋葬する方法。日本では縄文時代に見られたものである。中七の<眠り寛に>が取り合わせた季語<寒卵>を象徴的に表現している。「意味の重層性」によって創造されたもので巧みだ。



  冬の蝶糸ほどく先その先へ       於保淳子


 一読、蝶の揺らぐ「飛翔」を感じる。布に縫った糸を解いている時間、布の動きに<冬の蝶>とのアナロジーを発見したのはお手柄である。小春日などに弱々しく飛んでいる蝶と日常的な場面とを取り合わせて、暗示性に富んだイメージを喚起させている。



  凍りつつ剣を佩ける瀑布かな      五島高資


 一読、真っ白な雪景色の中の氷結した「滝音」が聞こえてくる。以前北海道の「氷瀑まつり」を見たことがあるが、天井から<剣>のようにいくつもの氷の水がぶら下がっていた。上五の<凍りつつ>は決してデフォルメされた表現ではなく、この時期の滝の水は瞬時に凍るのだ。中七の<剣を佩ける>という暗喩が詩的な雰囲気を増幅させている。




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