「俳句スクエア集」2020年 1月号鑑賞

                   

                         朝吹英和



  凍鶴のこゑ月裏に届きけり         松本龍子


 凍り付いたように動かない鶴が甲高く一声啼いたのであろうか。「月裏に届きけり」という大袈裟な措辞が寒気を切り裂く鶴の声に相応しい。



  大くさめ薬缶の湯気を圧倒す        大津留直


 薬缶から勢いよく噴き上げる湯気をも圧倒する大きなクシャミ。自力ではコントロール出来ないクシャミは周囲を驚かすものであるが、諧謔味溢れた一句である。



  初夢やしばし尾を解くウロボロス      加藤直克


 己の尾を銜えて円環状となった蛇や龍の図形(ウロボロス)は古代エジプト神話に遡るという。永遠の象徴とも循環律との解釈もあるというウロボロスの円環が解けたとは初夢らしく面白い。



  シーソーをすべる銀杏の落葉かな      眞島裕樹


 人気のない公園のシーソーの上をすべる銀杏落葉が目に浮かぶ。シーソーに象徴される生々流転や浮き沈みを繰り返す人生模様が落葉と上手く響き合っている。



  初富士や背骨を昇る炎あり         五島高資


 澄み切った正月の空に雄大な富士山を仰ぎ見た感興。「背骨を昇る炎あり」の措辞が新しい年の初めの力強い決意表明を担保している。




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  「俳句スクエア集」2020年 1月号鑑賞

                   

                         松本龍子



   初雪は海峡渡る蝶のこゑ    石母田星人


 一読、闇の中から白い雪が見えてくる。中七の<海峡渡る>は南西諸島、台湾、それとも安西冬衛の「韃靼海峡」だろうか。下五の<蝶のこゑ>は蝶の翼の空気を打つ音、浪の音、潮風、蝶の呼吸の音だろうか。いや東日本大震災の死者の声かもしれない。<初雪>の降るかたち、音と<蝶のこゑ>にアナロジーを発見したのは新鮮で意外性がある。



  団欒や昭和の炬燵は広すぎる   真矢ひろみ


 一読、深い諦観を感じる。テレビが急激に家庭に普及した頃、子供たちは「鉄腕アトム」に夢中になり、大人たちは『夢で逢いましょう』で中村八大の「上を向いて歩こう」を一緒に口ずさんでいた。<昭和の炬燵>に集う親も子供もみんな笑顔だった。平成から<団欒>を忘れた日本人は令和でもスマホの中の<宙に浮いた虚構の生>に留まり続けるのだろうか。



  虹彩ににぎわう波の初日影    加藤直克


 一読、新鮮な感覚がある。<虹彩>とはひとみの回りにある、茶褐色の膜のこと。<にぎわう>という数量の表現のために、瞳の中に波が湛えられているイメージが浮かぶ。<虹彩>は水晶体の表面にカメラでいうと絞りに当るが、瞳孔を大きくしたり小さくしたりして、目に入る光の量を調節している。眼球の構造の名称を使用することで季語の本意を巧みに捉えて見事だ。



  仄々と呆けるもよし石蕗の花   真矢ひろみ


 一読、淡い色の空間が見えてくる。これからの百歳人生に待ち受ける問題は突然の認知症。戦慄するような不安に怯えるのではなく、<仄々と呆けるもよし>と作者は考えているのであろう。見えない世界に黄色い<石蕗の花>が浮かび上がってくる。精神の透明感と<石蕗の花>の清楚な雰囲気が詩的に交感している。



  初富士や背骨を昇る炎あり    五島高資


 一読、作者の高揚感を感じる。<初富士>は元旦の富士山のこと。中七の<背骨を昇る>をどう解釈するかだが、元旦の日の出が富士山の稜線を駆け上がる様を描いているのだろうか。登山者の背骨とも取れないこともないが、やはり仰ぎ見る富士山の姿を擬人化しているのだろう。下五の<炎あり>は「作者の心の動き」と同時に「日の出」との同化作用、重層的交響が生まれている。




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