「俳句スクエア集」2019年 12月号鑑賞

                   

                         朝吹英和



  熟柿から染みだしてゐる夜想曲       石母田星人


  良く熟した柿から夜想曲が染み出したとは意表を衝く表現である。太陽の恵みを一杯吸収して熟した柿には落ち着いたフォーレの夜想曲が似合いそうだ。



  白秋や白寿の白髪刈り上げて        十河智


 白のリフレインが効果的。さっぱりと白髪を刈り上げた白寿の翁の姿が目に浮かぶ。爽やかな秋に相応しい景である。



  ふんわりと積もる枯葉や風の声       於保淳子


 「ふんわりと」の打ち出しで乾いた枯れ落ち葉が連想される。地面に積もった枯れ葉の中に風の声が聞こえた発見に得心する。




  茶の花や寡黙な父の蔵書印         松尾紘子


 芳香を放つ白い茶の花と寡黙な父の蔵書印との取り合わせで静謐な時空が現出した。父上への敬慕の念が自然に伝わって来る。




  坂道を登りつめたり枯木星         五島高資


 息せき切って坂道を登って頂きに出た瞬間に裸木越しに見えた冬の星。寒空に輝く星はシリウスであったのか、はたまた北斗七星であったのか、読み手の想像が膨らむ。




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  「俳句スクエア集」2019年 12月号鑑賞

                   

                         松本龍子



   己が影振りほどかんと時雨降る    石母田星人


 一読、雨音が聞こえてくる。自分の影を振り動かして解き放つ、初冬に降ってはすぐ止む雨だという句意。人型の影に雨がぽつぽつと落ちて、みるみるうちに影が消えて地面の泥が跳ねている。「季語の本意」を押さえた焦点の当て方は見事だ。



  靴下の穴に始まる枯野かな      朝吹英和


 一読、俳諧味があって面白い。靴下の穴から覗く地肌が枯れつくした野原のようであるという句意だろうか。アナロジー(類比)によって季語と<靴下の穴>が詩的に交換している。この発見は新鮮だ。



  漆黒の闇の傾く紅葉かな       大津留直


 一読、詩情を感じる。中七の<闇の傾く>をどう解釈するか。単なる写生句とみるのか、それとも一句そのものが何らかの象徴であるのか。私としては大人の黄金期に居る作者の「心の動き、感情」と捉えたい。



  すめろぎの贅とりむすぶ神と民    加藤直克


 一読、詩の祈りを感じる。大嘗祭は新帝が天照大神を初めて迎え、神膳供進と共食儀礼を中心とする素朴な祭祀である。ここでは「歌」が歌われるらしい。新天皇の<祈りの歌>の響きは、民のわたしたちの心や体、霊性に直接働きかけてくる。秘儀で聞えないはずが、映像を見るだけで天と地を結ぶ祈りに身体が感応する。「令和」が和やかな平和な時代であってほしいと願うばかりだ。



  大南瓜サザンクロスへゆく途中    五島高資


 一読、宇宙の中に溶け込んでいる作者が見える。<大南瓜>というと、どうしても直島の草間彌生の『南瓜』を想起するがこれは日常の<大南瓜>と<サザンクロス>との対比が眼目なのだろう。小宇宙と大宇宙、現実と夢の対置。まるで宇宙船に乗って<サザンクロス>を眺めている作者がいる。<南十字星>は日本では沖縄で南の水平線ぎりぎりで見ることが出来る。以前、オーストラリアやハワイで見たが、優美で荘厳な輝きを忘れることが出来ない。




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