「俳句スクエア集」2019年 10月号鑑賞

                   

                         朝吹英和



  垂るに飽き瓢のひとつ飛ばんとす       石母田星人


 掲句に接して、子供の頃に愛読した手塚治虫の漫画に登場する「ヒョウタンツギ」を思い出した。ヒョウタンの形をした顔、豚のような鼻を持ち、全身にツギハギが沢山ある謎めいたキャラクターである。何時までもぶら下がっていて飽きの来た瓢の気持ちが伝わる諧謔味のある一句。



  鶴来るいくつかまじる黄泉の声        松本龍子


 北方から渡って来る鶴、その啼声に交じって鬼籍に入ったひとの声が聞こえたような気がするという。幻覚幻聴は不安定な心象風景から生まれるのであろう。



  アララギの赫く染まりてクリスタル      素子 Warshafsky


 イチイ(一位)の別名であるアララギの赤い果実は秋の到来を象徴する。澄み切った秋の爽やかな空気感がクリスタルの措辞から実感される。



  台風の去って大樹の立ちにけり        於保淳子


 暴風雨に大揺れしていた巨木も台風一過の青空をバックに生き返ったように屹立していた。台風に抵抗した大樹の生命力讃歌。



  遠花火渦巻いてゐる闇夜かな         五島高資


 花火の醍醐味は天空に轟く打上音と夜空を彩る華やかな色彩であるが、遠くの方で微かな音しか聴こえない遠花火への思いは何時しか心象の世界へと誘う。闇夜の中、心の奥底で渦巻く遠花火には妖しい魅力がある。




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  「俳句スクエア集」2019年 10月号鑑賞

                   

                         松本龍子



   一本の竹の抗ふ残暑かな          石母田星人


 一読、感覚の新鮮味を感じる。一本の竹が立秋後の暑さに反抗しているという意味だろう。関西であれば嵐山の「竹林の道」をイメージするが、下から見上げる竹林の中で<一本の竹>が残暑の日差しに負けずに、どこまでも天空に伸びる映像が浮かぶ。それにしても<一本の竹>と<残暑>の取り合わせは意外性がある。凛とたたずむ人を連想させて<重層性の曖昧さ>も感じる。



  涅槃図の空白として秋の風         真矢ひろみ


 一読、意外性のある句。<涅槃図>は釈迦入滅を横臥する釈迦を中心に菩薩や仏弟子、会衆や動物が釈迦を取り囲み、嘆き悲しむ情景を描いた仏画。<空白として>とは本来書かれてあるはずのことが期待される処に何も書かれていないこと。「夢と現実」との取り合わせといえる。「不可視の風景」を現出させて見事だ。 



  衣被つるり娑婆にかほを出す        干野風来子


 一読、意外性と俳諧味を感じる。<衣被>は里芋の小ぶりのものを皮がついたまま茹でたもの。名月に供えることが多い。中七の<つるり娑婆に>は皮をつるりと?いて俗界・人間界に現れたと解釈すべきだろうか。下五の<かほを出す>は里芋の中身の白い部分とも、「中秋の名月」「いも名月」の出現を匂わせる。<イメージの重層性>と作者独自の気付きを感じさせて面白い。



  しあはせと聞けば頷くむかご飯        松尾紘子


 一読、ほのぼのとした「浮立」を感じる。上五、中七の<しあはせと聞けば頷く>はおそらく同じ食卓を囲む家族なのだろう。下五<むかご飯>は零余子を炊き込んだ飯。秋にしか食べられない旬の味覚。零余子という食材を大切にして、自分の愛するひとに食べてもらう。そうして作った<むかご飯>にすごくおいしい!という「笑顔と頷き」があればこんな喜びはないだろう。



  遠花火渦巻いてゐる闇夜かな         五島高資


 一読、ゴッホの『星月夜』を思い浮かべる。<遠花火>は遠くから見る「音のない花火」のこと。中七・下五の<渦巻いてゐる闇夜かな>はその瞬間の作者の「心の感情」の動きだろうか。この身体感覚を伴ったイマジネーションは素晴らしい。掲句は生命の根源の「直観的把握」といえるもので、作者独自の捉え方、感覚である。



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