「俳句スクエア集」2019年 9月号鑑賞

                   

                         朝吹英和



  一晩中銀河の渦を解く遊び         石母田星人


 澄み切った秋の夜空を眺めていると悠久の歴史や宇宙の神秘に思いを巡らせることが出来る。「銀河の渦を解く遊び」が新鮮な感興を呼び覚ます。



  不揃いのタピオカ掬ふ夜長かな       松本龍子


 何故か急に流行しているタピオカを只管掬い取っている秋の夜長。タピオカを掬う意味が奈辺にあるのかを問うことは野暮な話であり、読み手は作者の思いを勝手に想像してその気分を味わえば良いのであろう。




  号泣か大喝采か蝉しぐれ          真矢ひろみ


 時雨の勢いをどのように感じるかは正にその環境に置かれた人の状態によるのであろう。落ち込んだ気分であれば号泣とも、晴れやかな気分であれば大喝采の生命讃歌とも聞こえる筈である。




  籐椅子の揺れて過ぎ行く惑いかな      於保淳子


 籐椅子の揺れに任せていると気持ちが安らぎ、妄想や惑いも何時しか消え失せて落ち着いた気分となる。赤子は揺り籠で、大人はロッキングチェアや籐椅子の揺れによって癒されるのである。



  天牛の雨宿りするこの世かな        五島高資


 同じ空の下に生を受けた者同士の連帯感。植物はいざ知らず、動物や昆虫達は雨を避けて晴れ間を待ち望むものであろう。




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  「俳句スクエア集」2019年 9月号鑑賞

                   

                         松本龍子



   一晩中銀河の渦を解く遊び        石母田星人


 一読、『方丈記』を思い出す。「生まれ死ぬるひと、いづかたより来りていづかたへか去る」この究極的な<問いかけ>に対して、文学も宗教も自然科学も<答え>を追い求めているのだろうか。<解く鍵>は夜空の星を見上げることの中にあるのかもしれない。



  ホチキスの居住まひ正す九月来      服部一彦


 一読、意外性のある句。ホチキスの開いたはさみをきちんと元に戻している。彼岸が済んですっかり秋になったという句意。配合されるふたつの要素は互いに独立していて<九月来>も<ホチキス>も明確なイメージを持っている。しかも、このふたつの要素は切れている。意味で関連づけているわけではないが、読者に「季節の匂い」やホチキスの「擬人的なアナロジー」をイメージさせて、巧みに季節を<詩の主題>にしている。 



  朝がほの青の深まりては仏心       干野風来子


 一読、「心を空にした」瞑想が浮かぶ。朝顔の青がだんだんと濃くなって自分自身が仏になっていくようだという句意。この句において作者は朝顔の青に魅入られて「空白の時空」から自分自身を眺めているようである。空海は一木一草のなかに<大日如来>がいると言ったが、この作者は禅的に「仏は自分である」と感じているのだろう。



  掌を桃の容に桃もらふ           松尾紘子


 一読、意外性のある発見だ。たっぷりと水分を含んだ桃をまるで桃の容のように掌で桃を受け取る、俯瞰の様子が見えてくる。作者にとっては日常的な行為なのかもしれないが現実の世界から遊離した<桃のマトリョーシカ>のような「非日常的な世界」を現出させている。



  口開けて鯉ひるがへる野分かな       五島高資


 一読、「直観的把握」を感じる。<野分>は秋に吹く暴風のこと。野の草木を分けて吹く風の意味がある。口を開けて無残に地面に打ち上げられた鯉が浮かぶが、空を見上げると雲が走るように流れている。この句を読むと、あらためて<地球の星>に生きていることを認識する。作者は自分の足元にこそ<宇宙>が広がっていることを自覚しているのだろう。



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