「俳句スクエア集」2019年 8月号鑑賞 

                   

                         五島高資



  地球儀を暫し愛でたる夜涼かな       朝吹英和


 暑ければ暑いほど夜の涼しさは心地よい。もっとも、今年の夏は夜もなかなか気温が下がらない異常気象だった。それでも作者は夜気のわずかな涼しさを感得し、地球儀を前に地球への労りの念を深くする。



  水に触れ烏揚羽と化す砥師         石母田星人


 まず薄暗い作業場が連想される。日本刀であれば、両手で持った刀身を盥に入れた砥石に当ててゆっくりと研いでゆく。その流儀や過程には様々な匠の技が存在するが、いずれにしても、砥師(特に和服の場合)の身のこなし方には、まさに烏揚羽のような繊細な動きが彷彿される。



  山梔子の己が香りに朽ち果てつ       服部一彦


 たしかに山梔子の花には、自己陶酔を誘うような芳香がする。一方、花が朽ち果てて稔る果実は熟しても割れないことから「口無し」という和名の由来とも言われる。寡黙を美徳とした古き良き伝統的な日本文化の一端も象徴している。その対比が面白い。



  梅雨の雲線状降水帯とふ大蛇(おろち)   十河智


 近年、雨雲が長く線状に停滞して集中豪雨をもたらすことが起こるようになってきた。これまで水害のなかった地域では、不意を突かれて大雨の被害も大きくなる。まさに大蛇の仕業のようだが、元を正せば地球温暖化などをもたらす人間の中に住むオロチのせいかもしれない。


  ビル街を土の香わたる夕立かな       真矢ひろみ


 殺伐とした都会であっても、いささかの緑地や空き地があれば、そこに降る夕立によって土地はわきかえり、その本来の匂いを漂わせる。アスファルトに覆われ尽くした都会にあって、それは懐かしい香りに違いない。夕刻に立ち現れる一瞬のノスタルジー。



  身の内に点火してゐる大文字        松本龍子


 「大文字」と言えば、京都・如意ケ岳のものが有名だが、最近では、様々なところで大規模な送火が見られるようになった。その火は、故人の御霊を浄土へ送るためのものであるが、それを眺める人によって、その思いはそれぞれである。まさに身の内にこそその原点があるのである。


  屋根の間に昇る煙火や川開         眞島裕樹


 川開は川の納涼を始めるために執り行った儀式であるが、もちろん、水難除けの願いも込められている。特に両国の川開は、花火大会と相俟って有名であるが、日本各地で様々な川開が行われている。火を以て水の安全を祈願する日本独特の光景である。


  うたかたの姿とどめて海月かな       加藤直克


 ベニクラゲは、有性生殖が可能になった成体が再び無性生殖のポリプに戻ることが発見され、「不老不死」のクラゲとして知られる。もちろん、掲句の海月がそうとは限らないが、生命とは何かという問いを投げかけているようである。


  古甕の棒振虫や昼の地震          松尾紘子


 こう詠まれてみると、ボウフラが神秘的に見えてくる。はかない命ではあるが一所懸命に生きているボウフラのユーモラスな動き。一方、時として一瞬に多くの生命を奪うこともある地震。震動という同じ共通項を持つ棒振虫と地震の取り合わせには様々な詩想が湧いてくる。


 


****************************************************************************************************************************************************************************************************************

         


               「俳句スクエア」トップページ


             Copyright (C) Takatoshi Gotoh 1998.3.1