「俳句スクエア集」2019年 8月号鑑賞 Ⅰ

                   

                         朝吹英和



  ゴンドワナ大陸を裂く蝉の声          石母田星人


 古生代から南半球に存在したとされる巨大なゴンドワナ大陸は約2億年前に分裂・移動したと推定されている。生命の限りを尽くして一心に鳴く蝉の声の力と悠久の歴史との対比が絶妙である。




  身の内に点火してゐる大文字          松本龍子


 現世に迎えた死者の魂を再び黄泉の国へと送る大文字の送り火。上五中七の措辞が死者への追慕の思いの深さを象徴している。眼前に展開する大文字から心象風景への転位が味わい深い。



  急行の止まらぬ駅や蝉の声           菊池宇鷹


 ローカル線の無人駅が想起される。人影の少ない炎天下に響き渡る蝉の声に生命の尊厳を思い、時間を惜しむかに只管鳴く蝉への共感が湧いて来る。



  木星のはにかんでをり夏の月          五島高資


 木星はローマ神話の主神ユピテル(ジュピター)と繋がり、太陽系の中で最大の惑星としての威厳を感じるが、清涼感のある夏の月との対比が面白い。「はにかむ木星」とは面白い擬人化であるが、望遠鏡で観測すると木星の表面を覆う縞模様のように見える雲の表層や目玉の如く大きな赤い渦(大赤斑)からの類推であろうか。




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  「俳句スクエア集」2019年 7月号鑑賞 Ⅱ

                   

                         松本龍子



   水に触れ烏揚羽と化す砥師        石母田星人


 一読、意外性のある句。日本刀が水に焼き入れをすることで烏揚羽のように変身する、刃を研ぐ職人であるという句意だろうか。単なる鋼が職人の技で<烏揚羽>のような「美」に変化する瞬間の作者の「心の動き」が見えてくる。「詩語」としての季語の使用が見事である。



  洗はむとわが眼を探す原爆忌       大津留直


 一読、心を打つ。小学生の時初めて原爆ドームと展示品を見てから、潜在意識の中にいまだに「怖れと衝撃」が残る。上五、中七の<洗はむとわが眼を探す>は原爆投下直後の「死者の眼」を連想させる。あの日以来、残された「生者の眼」は空虚な闇の中を漂っているのだろうか。 



  うたかたの姿とどめて海月かな       加藤直克


 一読、一抹の諦観を感じる。はかなく消えやすい泡の姿を残した海月であるという句意。若い恋する人の心は非現実的な夢に満たされているが、作者は掛け替えのない「瞬間の場面」に「醒めて踊る」海月の姿に、自分を重ねたのかもしれない。老いていく私を観察する作者が見えてくる。



  打ち水のジンと音して夕間暮        松尾紘子


 一読、ふるさとの路地裏を思い浮かべる。<ジン>という音がやはり特別な効果を出している。<ジン>と音がするからには石畳かアスファルトの舗装をされた道に打ち水がされたのだろう。<夕間暮>という季語を使うことで「時間の生成」と「空間(場所の匂い)の創出」を生み出している。



  栗咲いて雨のみちのくゆれやまず     五島高資


 一読、3月11日の雪を思い出す。鈴なりのいがが割れ、中から実が顔を出している。私の中では雨の陸奥がいまだに揺れ動いているという句意。数万の命を吞み込んだ津浪、震災から8年。いまだに多数の行方不明者をはじめとする「あいまいな喪失」が続いている。しかし自然はあの瞬間から雪へ雨へ、そして栗を咲かせ「誕生」「再生」への変化が生まれているのだ。



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