「俳句スクエア集」2019年 7月号鑑賞 Ⅰ

                   

                         朝吹英和



  最後まで夜を呑み干す山椒魚            石母田星人


 水底でじっと動かずに獲物を狙っているかのように不気味な山椒魚。その姿は恰も夜を呑み干してしまうようだと言う発想がユニークであり、山椒魚に秘められた意思の強さまでもが実感される。



  万緑やパイプオルガン調音す            大津留 直


 生命力溢れる万緑の景色から壮大なパイプオルガンの響きが聴こえて来る。燃え盛る緑とパイプオルガンの音が中空でコラボする気宇壮大な一句。



  心電図モニターに飛ぶ蛍かな            菊池宇鷹


 心電図の波形を映すモニターを凝視しているとブラウン管の中に蛍が飛び交う姿が幻視された。診断を待つ患者の不安心理と儚い命の象徴である蛍の明滅が印象的。



  生き抜いて生き抜いてこそ浮いてこい        千野風来子

 

 縁日の夜店の定番であった浮き人形の中には樟脳で走る小舟もあって子供心に不思議な思い出として残っている。場数を踏んだ人生経験豊かな大人の感性から生まれた上五中七の措辞と命令形をイメージする下五がマッチしている。



  病棟の廊下に西日ゆがみけり            五島高資


 病棟は入院患者は勿論の事、見舞いに訪れる家族や友人達の心は行く末の不安に苛まれている。左様な心理と落日とが重層しており、誰しもが経験した心象風景が喚起される。



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  「俳句スクエア集」2019年 7月号鑑賞 Ⅱ

                   

                         松本龍子



   最後まで夜を呑み干す山椒魚          石母田星人


 一読、意外性のある句。最後まで夜を呑み干しているのは、誰だろう。山椒魚は山間の渓流に生息して魚・蟹・蛙を捕食するが、夜を呑み干しているというわけだ。なるほどいかにもあの異様な風体は夜を呑み干してしまいそうに見える。もう一つの解釈としてはやはり井伏鱒二の『山椒魚』のイメージだ。岩屋の出口から外に出られなくなるほど巨大化した山椒魚。岩屋の内外の暗さ、山椒魚の孤独さという「重層の曖昧さ」を巧みに活かしている。



  佳き人の薄い肩越し夏の月           真矢ひろみ


 一読、詩情を感じる。心持の良い人の薄い肩越しに、暑い昼が去って夏の夜空に煌々と月が輝いているという句意。上句<佳き人の>は淡い初恋の人だろうか、それとも亡くした人だろうか。心に浮かぶ<佳き人>は性格の真っ直ぐな誰からも愛される人なのだろう。作者の眼には清々しい横顔と月の輝きだけが見えているのだろう。 



  オルゴール鳴りやむまでの夏の蝶        加藤直克


 一読、詩情を感じる。オルゴールが鳴り止むまでふわりふわりと飛んでいた揚羽蝶が姿を消してしまったという句意。葉に卵を産みつけながら、風を受けると蝶は一気に舞い上がり消えてゆく。それを中七<鳴りやむまでの>と巧みに表現した。ラフカディオ・ハーンはエッセーの中で「蝶は生きている人の魂であると同時に、死んだ人の魂である」と書いている。作者が庭や家の中に入ってきた蝶に寄り添う「時間」が見えてくる。



  端座して膝裏にある薄暑かな          松尾紘子


 一読、意外性を感じる。上五<端座して>とは姿勢を正して座ること。その膝裏に初夏の頃の頃、やや汗ばむほどの暑さを感じたという句意。端座するということは法事か、何かの講演でも聴いているのだろうか。普通、首筋や額に夏の暑さを感じるところが、実は<膝裏>に感じているのだ。ゆっくりした「時間」が見えてくる。



  うつしよは水玉にあり苔の花           五島高資


 一読、深い詩情を感じる。苔類から立ち上がる生殖器官の上に、たくさんの水玉が浮かんでいる。現世は水玉の中にこそあるんだなあという句意。<水玉>は死を含んだ生。人もまた生が誕生した瞬間に死がセットされている。<水玉>の中に「生」を見て、<水玉>の「ひとゆらぎ」の中に自分の人生を見ている作者がいる。



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