「俳句スクエア集」2019年 6月号鑑賞 Ⅰ

                   

                         松本龍子



  二階よりひも垂れてゐる月おぼろ      五島高資


 一読、重層の曖昧さを感じる。二階より紐が垂れている、おぼろに霞んだ春の月であるという句意。実景として解釈すると大震災後の悲惨な光景とも、『幸福の黄色いハンカチ』のような光景も浮かぶ。家の外から見た紐なのか、家の中から見た紐なのか、何の紐なのかで世界はまるで変容する。時間の生成と重層的空間に「季語」が巧く作用している。


 

  惑星を運ぶ構への蟇              石母田星人


 一読、俳諧味を感じる。蟇は大型の蛙で背中にたくさんの疣があって何とも異様な風体。<惑星を運ぶ構への>という暗喩は<惑星の表面の凹凸>と<蟇の背中の疣><姿勢>のアナロジーの発見から何ともいえないユーモアが生まれている。


 

  夏の夜や月の舟曳く大男            大津留直


 一読、闇に輝く月が見える。舟に観立てた月を大男が引っ張っている、暑さが和らいだ夜であるという句意。「切れ」による、この生き生きとした「朦朧性」は見事だ。おそらくこれは少年時代に見た「幻想」だろうが、現実の写生だと考えると闇夜に漂う雲が大男に見えたということなのだろう。



  雨音が午後を満たして五月雨         生田亜々子


 一読、作者の気分が伝わってくる。雨の音が午後という時間をいっぱいにしている長雨であるという句意。<午後を満たして>の中七から、就寝前にも降り続いている雨音に自分自身の半分が満たされていることに気付いたことが想像される。女性特有の「身体性」を伴った全身把握が好ましい。


 

  大空に飛び込まむとす鯉幟           眞島裕樹


 一読、意外性がある。中七の<飛び込まむとす>と見た飛躍には新鮮さを感じる。「自我の発揚」がうまく季語と重なり、詩的な空間を生み出している。「いま・ここ・われ」からどのような発展をしていくのか楽しみである。


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  「俳句スクエア集」2019年 6月号鑑賞 Ⅱ

                   

                         朝吹英和



   惑星を運ぶ構への蟇                石母田星人


 蟇のじっとしながら辺りを睥睨する様子は不気味であるが、惑星を運ばんとする意思の力を感じ取った意外性の妙味。気宇壮大な気分が感じ取れる。



  ビスクドールの白き肌もて夏兆す          松尾紘子


 二度焼きした磁器製人形(ビスクドール)の肌の質感から夏の到来を予感したのであろう。ビスクドールの打ち出しから様々な夏の思い出が想起される。



  河骨や黒猫の尾のしなやかさ            加藤直克


 水辺に水を飲みに来た黒猫であろうか。黄色い河骨と黒猫の色彩感、更にその尻尾のしなやかな質感に生命の輝きを感じる。



  二階よりひも垂れてゐる月おぼろ          五島高資


 上五中七の措辞から読み手の想像が無限な広がりを見せる。そうした幻想的な思いはやがて朧月の彼方に消え去るのである。



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