「俳句スクエア集」平成31年 3月号鑑賞

                   

                         松本龍子



  日の重さのせうすらひのまはりけり     石母田星人


 一読、「光の囁き」が聴こえてくる。太陽の重さを乗せて水溜りのうすうすと張る氷が回っているという句意。日常の何気ない「一瞬の感動」を表現して巧みだ。上五の「日の重さ」は何とも意外な言葉の発見である。四季の変化と共にその奇跡を愛でる作者がいる。


  春の泥夜から朝を濡れたまま        生田亜々子


 一読、「詩情と重層性」を感じる。夜から朝にかけて濡れたままになっている、雪解けでぬかるんだ道であるという句意。濡れたままになっているのは、道なのか人なのか屋根なのかは読者の「想像力」に委ねられている。上五の季語「春の泥」は作者の「心の中の想い」を象徴しているのだろう。


  春暁の空の点滴袋かな           菊池宇鷹


 一読、「いのちの輝き」が見える。春の朝、起きてみると空の点滴袋がぶら下がっているという句意。入院患者にとっては日常的に眺める景色は天井、窓の外、点滴袋と限られている。その中でいのちを繋いでくれている「点滴袋」が朝起きてみると空になっていることに、あらためて心が動いたのだろう。時間としての「点滴の音」と病室の「空間」が見えてくる。



  龍天に昇りて海の魂呼ばひ         加藤直克


 一読、「祈り」を感じる。龍は想像上の動物で春分の頃に天に登り雲を起こし雨を降らせて、海の魂を何度も呼んでいるという句意。中国古代文学者の白川静によれば歌の起こりは「祈りの言葉」の「リズム」だと言っている。海面に打ちつける「雨音」が東日本大震災で犠牲になった魂を鎮めているように聴こえてくる。


  春の星電信柱つづきをり           五島高資


 一読、「諦観と静寂な闇」を感じる。春の夜空を見上げると、延々と電信柱が続いているが、電線の先からは柔らかく星が瞬いているという句意。八年の歳月を経ても、津波、原発事故による多数の行方不明者、避難住民の「曖昧な喪失」が続いている。にもかかわらず、原発に頼る日本。作者の溜息が聴こえてくる。




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