「俳句スクエア集」平成29年 11月号鑑賞 I

                   

                       朝吹英和



  写楽の手ぱつと開かれ花野かな       石母田星人


 写楽の両手をぱっと開いた錦絵と言えば「三世大谷鬼次の奴江戸兵衛」が有名である。かっと目を見開いた迫力のある形相が印象的で、確か「写楽展」のポスターで見た記憶がある。敵役と対峙した様子を描いていると聞いたが、掲句では錦絵から全く時空の異なる色彩豊かな花野が出現、効果的な「ぱつと開かれ」の措辞によって詩的転位が見事に成就している。


 

  小春日に畳出てゆく猫の影         松本龍子


 冬日が心地よい和室の窓辺に寝ていた猫であろうか、余りの陽気に誘われて外に出掛けようと起き上がり部屋を出て行く猫の姿に長閑な初冬の温もりや柔らかな日射しが実感される。「猫の影」とした下五も余韻がある。


 

  秋風に波より零る光かな          於保淳子


 秋晴れの海辺の爽やかな光景。秋風によってキラキラと光溢れる波の様子が爽秋の気分を増幅させており、恰もハープの分散和音を聴いているような清々しい気分になった。


 

  一族の集ひし声や彼岸花          珠雪


 核家族化の進む社会にあって久しぶりに親戚一同が集った。慶事であろうと法事であろうと老若男女の集う親族の会話は賑やかになるもの。存在感のある彼岸花の抑えも効いている。


 

  秋夕焼こぶしで拭ふ泪かな         五島高資


 握りしめた拳で拭う泪とは如何なる状況であろうか。敗戦の悔しさに落涙した男泣きなのか、最愛のひととの別離の情景かも知れぬ。色淡く儚さを秘めた秋の夕焼けが男の悔しさ悲しさを優しく包み込む。




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  「俳句スクエア集」平成29年 11月号鑑賞 Ⅱ


                                              松本龍子



  咽喉もとをすぎる流星火の匂い        阪野基道


 一読、詩情を感じる。言葉のままに解釈すれば喉もとを光を出しながら過ぎてゆく星は火の匂いがするという句意。感じるはずのない「火の匂い」を感じるのが鼻ではなく、「咽喉もとをすぎる」ことで感じるところが作者の映像的な美的感性であり、眼目なのだろう。


                                    

  川風に乗りかへてゆく秋の蝶          石母田星人


 一読、詩情を感じる。「秋の蝶」は力なく弱弱しい秋に見かける蝶。言葉のままに解釈すれば、秋の蝶が自力で飛ぶのを諦めて川風に身を任せて飛んでいるという句意だろうか。写生句とみれば「乗りかへてゆく」という風に作者には蝶の動きが見えたということである。地上に現れた蝶も川風に乗りながら川に落ち、海に還る。「秋の蝶」は作者の分身なのかもしれぬ。


 

  海の香を残して冷ゆる船箪笥          今井みさを


 一読、詩情を感じる。海の香を残して冷え込む船箪笥であるという句意。船箪笥は書類、金銭、貴重品を保管する小型の箪笥で江戸時代から明治時代にかけて大型の和船で用いられた工芸品。「海の香を残して」と感じるからにはアンティーク家具なのかもしれない。そんな想像をしながら「冬の寒さ」を楽しんでいる作者の気分が見えてくる。


 

  音もなく時を運ぶや紅葉川            加藤直克


 一読、詩情を感じる。音もなく時間を運んでいる紅葉川であるという句意。下五に「紅葉川」という季語を据えたことで、深遠な「静かな空間」を想像させる。京都であれば貴船神社か神護寺あたりの川がふさわしい。紅葉が川に落ち、「静かに流れてゆく時間」を凝視する作者の視点が見えてくる。


 

  秋夕焼こぶしで拭ふ泪かな            五島高資

  

 一読、情景が浮かぶ。季語の「秋夕焼」は秋の夕焼は夏の夕焼の強烈な色、暑さとは違い、どこか

寂しさを伴なっている。実景と解釈すると燃えるように染まる秋の西空に、泪が目尻から零れるのを

防ぐためにこぶしで拭ったという句意。泪の原因は述べていないがそれは読者の想像力に委ねら

れている。私にはグランドに膝をついてノックを受ける球児が見えてくる。




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