「俳句スクエア集」平成29年 9月号鑑賞 I
松本龍子
秋蛍迷うて水の声をきく 阪野基道
一読、不思議な詩情を感じる。秋蛍は秋風が吹く頃の蛍で、弱々しい光や季節を外れた侘しさが本意。その蛍が迷いながら飛んで水の声を聴いているという句意。蛍の動きから「死」を意識した「水の声をきく」と捉えた作者の感性に驚嘆する。
廃船の光る破片や星月夜 大津留直
一読、詩情を感じる。廃船の光る破片のように月の無い夜に満天の星が輝いているという句意。技術的には比喩であることを明示しない暗喩だが、季語との取り合わせで読者は「武蔵」をはじめとした3500隻以上の沈没した軍艦を思い浮かべる。非常に納得感のある句である。
大鯉の横切つてゆく星月夜 石母田星人
一読、詩情を感じる。目の前の池に大きな鯉が横切ってゆく、満天の星が池を照らす月のない夜であるという句意。星明りに大鯉が目の前を横切ることに「作者の驚き」が表れている。まるで星空に大鯉が泳いでいるかのようだ。
緑陰の鳥居をくぐる女傘 今井みさを
一読、詩情を感じる。緑陰は夏の日差しのもとのよく繁った木の陰をいうが、その陰になった鳥居をくぐる女傘であるという句意。鳥居をくぐる際には、通常一礼するがこの情景は木の陰が出ていることから女が日傘をさしたまま鳥居をくぐることに驚いているのかもしれない。鳥居という「虚の空間」に異質な現実の「女傘」が対置されることで、女の「存在」と「傘色」が異様に浮かび上がって面白い。
迎え火のゆらぎてほっと消えにけり 於保淳子
一読、詩情を感じる。盆に入る夕方、先祖の精霊を迎えるために門前で焚く火がゆらいでほっと消えたという句意。中七の「ゆらぎてほっと」に作者の「心の動き」が見えてくる。死者は仏となって生者を守護する守護仏になると信じて、霊性の「虚の世界」が見える人なのだろう。縄文以前の「常世の思想」を髣髴とさせる句である。
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「俳句スクエア集」平成29年 9月号鑑賞 Ⅱ
朝吹英和
廃船の光る破片や星月夜 大津留直
月光なのか或いは灯台の明かりかもしれない。廃船の破片が光を浴びて煌めく。今は廃船となり果て、更には破片にまで細分化された残骸、船に蓄積されていた時間の重みが星月夜の下で増幅される。
未完なる曲の中より赤蜻蛉 石母田星人
シューベルトの「未完成交響曲」の冒頭の旋律が思い浮かんだ。仄暗い時空の中を飛ぶ赤蜻蛉が幻視され、劇的にまた夢見るようなロマンに溢れた音楽の進行に合わせて赤蜻蛉の姿が如何に変化するのか想像する楽しみを味わった。
袋から出さずに終わる花火かな 菊池宇鷹
孫が遊びに来るので花火を買っておいたものの生憎の雨で花火は袋に入ったまま残ってしまった。孫との楽しみの時空を逸してしまったお爺さんやお婆さんの遣る瀬無い気持が伝わって来るようである。
八月尽さすりて石にひびきあり 加藤直克
暑い夏が終わりを告げる頃、ふと目に留まった石をさすっていると確かに石の声が聞えたように感じた。戦争の傷跡が通奏低音の如く響く八月への思いが募る。
水を出る亀の背中や天高し 五島高資
甲羅干しのためであろうか、水の中から出て来た亀の背中に爽やかな秋の光が眩しく反射する。気持良さそうな亀との一体感に包まれて秋の爽気が一段と増すようである。
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Copyright (C) Takatoshi Gotoh 1998.3.1