「俳句スクエア集」平成29年 3月号鑑賞 I

                   

                       朝吹英和



 初旅やコートの色で待ち合はす       珠雪


 お互いにコートの色を連絡しあっての待ち合わせとは、初対面同士なのであろうか。新年ならではの心躍る情景が目に浮かぶ。

 


 金色の鬼怒のうねりへ冬日落つ       加藤直克


 夕日を浴びて金色に輝く鬼怒川の姿は巨大な生物のような怖ろしさを内包している。鬼怒川を金色に染めた太陽が川の彼方に沈んで行く・・・雄大な自然の力が実感される。

 


 梅の昼ちろりに注ぐ京の酒         今井みさを


 見ごろの梅を愛でながらの長閑な光景。仄かな甘味と上品な香りの京都の地酒は昼酒に相応しく、「梅の昼」の打ち出しがまったりした時空とマッチして効果的である。



 白梅や後ろの闇の深くなる         松尾紘子


 「梅の昼」句とは対照的な光景。眼前に咲く白梅に見惚れていたが、ふと気が付くと既に夕闇が迫っていた。早春の日の短さの中で白梅の美しさを包み込む闇の怖ろしい深さ。



 蛇口から水のふくらむ二月かな       五島高資


 三寒四温の律動が生まれる二月。蛇口から出て来る水にふくらみを感じた繊細な感性なればこそ春の兆しを感じ取ったのであろう。



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  「俳句スクエア集」平成29年 3月号鑑賞 Ⅱ


                                              石母田星人



 薄氷を透かしてひかる息の粒        加藤直克


 「薄氷は日が高くなれば解けてしまうくらい儚い」。こんなふうに言えば、重さも厚みもないようだがそうではない。持ち上げてみればその偉大さが分かる。氷の張った状態をよく見ると、外の空気にさらされている側は、ただ風が通り過ぎるだけの無機質。けれども、水中側の面は、とじこめられた空気が踊っていたり、水底の枯れ葉や残された紅い実がゆらいでいたりする。薄氷に表裏があるとすれば、表は水中側の面をさすのだろう。この句はその表の状景。下五で水中の空気を「息の粒」と表現。この「息」の一語が大いなる存在を示す。それは地球を経巡る水に宿る大いなる神。これから薄氷を抜け出て、春の神との交歓が始まる。

  

 

 白梅や後ろの闇の深くなる         松尾紘子


 春を告げる草、白梅は視覚を刺激する花だ。特に夜の白梅。いつもは気にも留めない後方の空間をも意識させる。「後ろの闇の深くなる」はそこを確かに詠いとめている。私の住む被災圏に咲く白梅はそのパワーがかなり強い。深くなった闇の奥に波音を聞かせてくれる。街中の白梅の後ろの闇に海鳴を奏でる。掲句の闇の底からは何が聞こえるのだろう。

 

 

 

 落椿虚空に半身のこしけり         松本龍子


 椿の花は塊で落ちる。何とも潔い。木に思いを残しつつ落ちてしまった椿、という内容の句をよくみる。この句は「虚空に半身」を残している。写真撮影された一齣のように、木を離れたあと「虚空」に浮かんでいる状態を思っている。咲いていた枝のことは忘れて、落ちるさいに味わった浮遊感に似た感覚の虜になっている。中七の読み方に迷ったが、「虚空」を「そら」と、「半身」を「はんしん」と7音で読んで戴いた。





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  「俳句スクエア集」平成29年 3月号鑑賞 Ⅲ


                          松本龍子




 札束の帯封固き余寒かな          朝吹英和

 

 一読、上五と中七の「札束の帯封固き」は非常に意表を突く発想である。この情景は銀行員でもなければ普通のサラリーマンは不動産の決済の時ぐらいにしか直面しない場面だろう。季語の「余寒」は寒が明けてからなお残る寒さを言うが、帯をばらす前の「きゅっと」結ばれた札束と寒さにかじかんだ人体。比喩の見立ては機知的な発想の切れ味がポイントだが見事に決まっている。


 

 狛犬の阿の口を出る寒夕焼         石母田星人

 

 一読、詩情を感じる。中七の「阿の口を出る」の描写からは、「阿の口」から吐きだされた燃える寒の夕空が想像される。逆光の狛犬は昨年大ヒットした「シン・ゴジラ」を連想させるようではないか。五感で感じた「感動」を実在のモチーフに置き換えて見事に表現している。



  薄氷を透かしてひかる息の粒        加藤直克

 

 一読、詩情を感じる。この作者には珍しい写生の感覚句であるが中七の「透かしてひかる」によって春の明るさが読者には伝わってくる。下五の「息の粒」に焦点を合わせたクローズアップはその瞬間の光景や気候、気分を確かに言いとめている。



 柔らかき母の手のひら春浅し        於保淳子


 一読、詩情を感じる。日常の何気ない表現を使っているが「母の掌」の質感と季語「春浅し」が微妙に同化していることで納得がゆく。この作品の「母の掌」は老母だろうが読後、幼稚園の卒園式で「母の掌」に若い母の溢れる愛情が幼い私の掌に伝わって、妙に安心感を覚えたことを思い出した。



 蛇口から水のふくらむ二月かな       五島高資


 一読、詩情を感じる。この作者は若い頃から「いのちの横溢感」を掴むことに秀でていた。それは身体性から生まれた言葉の捉え方で、他の追随をゆるさない独自性を感じるところがある。身近な素材から確かな写生で「二月」という季語の本質を見事に表現している。




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